「老い」とはブレーキをかける事から始まる

唐突にふと思ったことを残しておきたくなったので、

書いてみました。

 

というか、気づいたんですよね。

 

本当はもっとゲームをしていたい。(でも、明日朝早いからな・・・)

あのバンドのライブ行きたい。(でも嫁が怒るしな・・・)

体を動かしたい。友達とフットサルとかしたい。(でも、子供の面倒みなきゃな・・・)

会社のかわいい子を口説きたい。(でも結婚してるしな・・・笑)

 

と、なんやかんや自分のやりたいと思うことにブレーキをかけている自分に。

 

若いときって例えばオールで遊ぶとか平気でできましたけど、

今はまぁ間違いなくやらないです。

それって、言い訳めいて「もうそんな体力ないよ」なんて言いますけど、

実はそこまで体力って衰えてなくて、次の日の朝の気怠さとか

考えちゃってブレーキかけてるだけだと思うんですよね。

 

もちろん、今の自分の立場というものもあります。

そんなやりたい事だけやって生きていけるなら誰だってそうするでしょう。

どこかで自分の気持ちに折り合いつけて日々を過ごしていく。

それが大人ってものなんでしょう。

 

ただ、ブレーキって消耗品じゃないですか。

それを支えるタイヤだって消耗していくじゃないですか。

人間だって同じだと思うんですよ。

ブレーキをかけるって要は我慢ですから、やはりストレスになると思うんですよね。

 

なので、次のステージはって考えると、

いろんなものに興味を持たなくなると思うんですよ。

どうせブレーキをかけなくちゃいけないですし。

ブレーキをかけるのは辛いですし。

 

そうなると、

(どうせライブとか行けないし・・・)→芸能に疎くなる

(どうせフットサルできないし・・・)→運動不足になる

(どうせ結婚してるし・・・)→身だしなみに気を使わなくなる

はい。見事なオッサンの出来上がり!!(笑)

 

そう考えると、「老い」ってブレーキをかけることから

始まってくるのではと思うわけです。

 

全然やる時間取れないくせに、たくさん積んでるくせに私が

ゲームをすることを辞めない事。

会社の若い子に心をときめかせている事。

そういった行動って、無意識に「老い」というものに

抵抗しているという事なのかな、と。

 

最後、無理やり自分を正当化してみました(笑)